2011年12月11日
今日も続きを探索「春耕道しるべ(5)」
今日は吉永第二小学校周辺から今宮にかけて「春耕道しるべ」を探索して見ました。
①吉永第二小グラウンド横(No31から県道76号線の方に100m程上ったところにNo33がありました。


(右やまみち)
②更に上って行くと県道76号線にぶつかり、その少し手前にNo34がありました。

(これも表示塔が倒れています。)

(県道76号線側から見て 右よしわらみち 左うないがふち くわざき)
③また吉永第二小の方(即ち「よしわらみち」の方向)に戻り、No33→No31と来ました。No31は11月27日の本ブログで紹介済みですが、彫られた内容は、次の通りです。

(右うないがふち いしゐ くわざきみち)
(左十りぎみち いまみや)
④続いてNo30(これも11月27日に紹介済み)でNo31から左方向に行きます。送電線鉄塔の下にあります。

(右十りぎみち 左さくはみち)
⑤ここから今宮方面に斜めに上って行くとNo38がありました。



(右やまみち 左十りぎみち)
⑥更に上って行くとNo37がありました。


(右さくはみち 左ひな ふじをか) 続きを読む
①吉永第二小グラウンド横(No31から県道76号線の方に100m程上ったところにNo33がありました。
(右やまみち)
②更に上って行くと県道76号線にぶつかり、その少し手前にNo34がありました。
(これも表示塔が倒れています。)
(県道76号線側から見て 右よしわらみち 左うないがふち くわざき)
③また吉永第二小の方(即ち「よしわらみち」の方向)に戻り、No33→No31と来ました。No31は11月27日の本ブログで紹介済みですが、彫られた内容は、次の通りです。
(右うないがふち いしゐ くわざきみち)
(左十りぎみち いまみや)
④続いてNo30(これも11月27日に紹介済み)でNo31から左方向に行きます。送電線鉄塔の下にあります。
(右十りぎみち 左さくはみち)
⑤ここから今宮方面に斜めに上って行くとNo38がありました。
(右やまみち 左十りぎみち)
⑥更に上って行くとNo37がありました。
(右さくはみち 左ひな ふじをか) 続きを読む
2011年12月10日
今日も探索「春耕道しるべ(4)」
今日は前回の続きで、No6、No7から探して見ました。No8が間門入口にあり、No5が花川戸入口にあったのでその間にあるはずと見て県道76号線を下ると、
①間門下バス停から約200m下り、道路が2車線か1車線に狭くなる直前、上から見ると右手の草むらにNo6がありました。

(右うないがふちみち くわざき 十りぎちかみち)
(左まかど 十りぎみち ごうど)

(No6道しるべから間門方面をみる)

(二車線から一車線に狭くなる←印右手にNo6道しるべがある)
②そこから間門方面に上って行くと、第二東名真下の吉原北中方面への分岐点にNo7がありましたが、何と、標識が車か何かにぶつけられて倒れていました。ガードレールも歪んでいます。




(ふじをか てえしゃば)
この「てえしゃば」とは何だろうと調べてみたら、明治22年に東海道本線「鈴川停車場:現在のJR吉原駅」が出来ており、明治39年当時唯一の駅だったので「てえしゃば」で判ったのでしょう。このあとも何ケ所か「てえしゃば」の表示が出て来ます。 続きを読む
①間門下バス停から約200m下り、道路が2車線か1車線に狭くなる直前、上から見ると右手の草むらにNo6がありました。
(右うないがふちみち くわざき 十りぎちかみち)
(左まかど 十りぎみち ごうど)
(No6道しるべから間門方面をみる)
(二車線から一車線に狭くなる←印右手にNo6道しるべがある)
②そこから間門方面に上って行くと、第二東名真下の吉原北中方面への分岐点にNo7がありましたが、何と、標識が車か何かにぶつけられて倒れていました。ガードレールも歪んでいます。
(ふじをか てえしゃば)
この「てえしゃば」とは何だろうと調べてみたら、明治22年に東海道本線「鈴川停車場:現在のJR吉原駅」が出来ており、明治39年当時唯一の駅だったので「てえしゃば」で判ったのでしょう。このあとも何ケ所か「てえしゃば」の表示が出て来ます。 続きを読む
2011年12月09日
注目!大詰めの「COP17」の行方
南アフリカ共和国ダーバンで開催されている「COP17:第17回国連気候変動枠組み条約締約国会議」は12月9日の会期末に向けて大詰めの交渉を続けており、日本の立場は極めて難しい状況にあるようです。
日本、カナダ、ロシアは京都議定書の単純延長は反対を主張し、もし延長されても次の約束期間には参加しない方針ですが、発展途上国(中国、インドなど)は5~8年の延長で大勢は動いており、EUもそれを条件付で認める方向になっているようです。
もし、単純延長が決まり、日本はその第2約束期間に参加しない場合どのようなことが起こるか、現在駆け引きが行われているのでしょう。但し、この場合、京都議定書決定時の米国の様に京都議定書から離脱するのではなく、「数値目標は掲げない」と言うことのようです。

(出所:毎日新聞より)
現在日本は2008~2012年の5年間で1990年対比マイナス6%の二酸化炭素排出削減を約束して対策を実施中ですが、2013年以降は延長されてもこの削減数値義務には参加せず、自主目標(これが2020年までに対1990年対比マイナス25%と言う目標:昨年のCOP16で表明した)を独自に実施してゆくことになると言うことです。この目標は東日本大震災の起こる以前に表明したものであり、原発停止後、火力発電に頼りつつある現状では、大変高いハードルになって来ているのは事実でしょう。
続きを読む
日本、カナダ、ロシアは京都議定書の単純延長は反対を主張し、もし延長されても次の約束期間には参加しない方針ですが、発展途上国(中国、インドなど)は5~8年の延長で大勢は動いており、EUもそれを条件付で認める方向になっているようです。
もし、単純延長が決まり、日本はその第2約束期間に参加しない場合どのようなことが起こるか、現在駆け引きが行われているのでしょう。但し、この場合、京都議定書決定時の米国の様に京都議定書から離脱するのではなく、「数値目標は掲げない」と言うことのようです。

(出所:毎日新聞より)
現在日本は2008~2012年の5年間で1990年対比マイナス6%の二酸化炭素排出削減を約束して対策を実施中ですが、2013年以降は延長されてもこの削減数値義務には参加せず、自主目標(これが2020年までに対1990年対比マイナス25%と言う目標:昨年のCOP16で表明した)を独自に実施してゆくことになると言うことです。この目標は東日本大震災の起こる以前に表明したものであり、原発停止後、火力発電に頼りつつある現状では、大変高いハードルになって来ているのは事実でしょう。
続きを読む
2011年12月08日
予算大幅削減「はやぶさ2」打ち上げピンチ!!
文部科学省の来年度予算編成で、宇宙開発予算が大幅削減される可能性があり、あの「奇跡の生還:はやぶさ」の後継機である「はやぶさ2」の打ち上げがピンチとなっているようです。
2009年の事業仕分けで「縮減」と判定されて17億円が3000万円に減らされるところが、「はやぶさ」の奇跡の生還で復活した経緯があり、2011年度予算は30億円。2012年度は東日本大震災の復興財源が乏しく、削られる可能性があるとのこと。「はやぶさ2」は「小惑星:1999JU3」に向けての打ち上げを目指していて、軌道の関係で2014~2015年に打ち上げるのが最適で、予算削減でそれを逃すと数年先になり、同じ小惑星を狙っている米国に先を越される可能性もあるとのこと。復興はもちろん大事であるが、日本の技術と将来への希望が萎えてしまうとすればいかにも残念で惜しい気がします。

(出所:JAXA提供=池下章裕氏の想像図) 続きを読む
2009年の事業仕分けで「縮減」と判定されて17億円が3000万円に減らされるところが、「はやぶさ」の奇跡の生還で復活した経緯があり、2011年度予算は30億円。2012年度は東日本大震災の復興財源が乏しく、削られる可能性があるとのこと。「はやぶさ2」は「小惑星:1999JU3」に向けての打ち上げを目指していて、軌道の関係で2014~2015年に打ち上げるのが最適で、予算削減でそれを逃すと数年先になり、同じ小惑星を狙っている米国に先を越される可能性もあるとのこと。復興はもちろん大事であるが、日本の技術と将来への希望が萎えてしまうとすればいかにも残念で惜しい気がします。

(出所:JAXA提供=池下章裕氏の想像図) 続きを読む
2011年12月05日
今日見つけた「春耕道しるべ(3)」
昨日に続き、「春耕道しるべ」を辿る(探す)ウォーキングをして見ました。10km以上歩いたでしょうか。疲れましたが、「道しるべ」を見つけた時のうれしさは格別でした。
①先ず、富士見台から真っ直ぐ間門→富士岡線を下って行くと途中の花川戸分岐点でNo5を見つけました。(日露戦捷記念と彫られています。)(注:戦捷(せんしょう)=勝ち戦)

(右やまみち はなかわど 左十りぎみち まかど)
交通の激しい道路端ですが、周りの景色はこんな感じです。(後方は愛鷹山)

その後見つからず、とうとう岳鉄富士岡駅まで来てしまい、「春耕翁のご子孫」が営んでおられる「(有)仁藤石材工業」さんも敬意を表して写真を撮らせて頂きました。
(岳南鉄道富士岡駅)

(仁藤石材工業さん)

ここを基点に探しながら戻ることにしました。
続きを読む
①先ず、富士見台から真っ直ぐ間門→富士岡線を下って行くと途中の花川戸分岐点でNo5を見つけました。(日露戦捷記念と彫られています。)(注:戦捷(せんしょう)=勝ち戦)
(右やまみち はなかわど 左十りぎみち まかど)
交通の激しい道路端ですが、周りの景色はこんな感じです。(後方は愛鷹山)
その後見つからず、とうとう岳鉄富士岡駅まで来てしまい、「春耕翁のご子孫」が営んでおられる「(有)仁藤石材工業」さんも敬意を表して写真を撮らせて頂きました。
(岳南鉄道富士岡駅)
(仁藤石材工業さん)
ここを基点に探しながら戻ることにしました。
続きを読む