2011年12月21日
謎解き「春耕道しるべ(7)」
「春耕道しるべ」の探索もいよいよ「謎解き」の世界に入ってきました。
富士市立博物館の庭に「春耕道しるべ」が4基あるとの情報を得て、早速行って見ました。確かに4基ありましたが、富士市教育委員会さんが立てていた「道標番号表示塔」がないので、どれが何番か判りません。もともと春耕さんは道しるべに番号は付けていなかったようで、市教育委員会さんがどこかの時点で番号を付けて、番号表示塔を立てたものと思われます。

(富士市立博物館の庭:「春耕道しるべ」が4基立っています)

(すぐそばに立っていた説明板で、No2、26、28、40、だと書いてあります)
この内一番大きなものは富士岡3の「石原木材店」さん脇にあったとの説明が市立博物館のHPに記載されており、一方、「(有)仁藤石材工業」さんのHPの「春耕道しるべアルバム」の写真でNo2となっています。

(春耕道しるべNo2)
(正面)
「十里木道(じゃうりぎみち) まかど がうど 13丁≒1.4km」
「うないがふちみち いまみや 30丁≒3.2km」
「いしゐ そうげんさわ 13丁≒1.4km」
「くわざき(1り半≒5.8km) せこつじ(2り35丁≒11.8km)」
(左側面)
「明治39年 駿東郡原里村 いんの(5り半≒22km) をぎわら(6り7丁≒24km)
(右側面)
「吉永村富士岡」
(裏面)
「下花守 仁藤春耕」 続きを読む
富士市立博物館の庭に「春耕道しるべ」が4基あるとの情報を得て、早速行って見ました。確かに4基ありましたが、富士市教育委員会さんが立てていた「道標番号表示塔」がないので、どれが何番か判りません。もともと春耕さんは道しるべに番号は付けていなかったようで、市教育委員会さんがどこかの時点で番号を付けて、番号表示塔を立てたものと思われます。
(富士市立博物館の庭:「春耕道しるべ」が4基立っています)
(すぐそばに立っていた説明板で、No2、26、28、40、だと書いてあります)
この内一番大きなものは富士岡3の「石原木材店」さん脇にあったとの説明が市立博物館のHPに記載されており、一方、「(有)仁藤石材工業」さんのHPの「春耕道しるべアルバム」の写真でNo2となっています。
(春耕道しるべNo2)
(正面)
「十里木道(じゃうりぎみち) まかど がうど 13丁≒1.4km」
「うないがふちみち いまみや 30丁≒3.2km」
「いしゐ そうげんさわ 13丁≒1.4km」
「くわざき(1り半≒5.8km) せこつじ(2り35丁≒11.8km)」
(左側面)
「明治39年 駿東郡原里村 いんの(5り半≒22km) をぎわら(6り7丁≒24km)
(右側面)
「吉永村富士岡」
(裏面)
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