2011年12月14日
勢子辻まで探して歩き「春耕道しるべ(6)」
今回は桑崎から勢子辻までと勢子辻から今宮までの往復約20kmを探索して見ました。最初は県道24号線まで出たら戻って来る積りでいたのが、収穫ゼロだったので、ついつい足が伸びてしまいました。
先ず桑崎まで真っ直ぐ行き、桑崎善光寺をお参りしました。

(桑崎善光寺の説明板で今年4月に設置されています)

(お寺と言うよりお堂で、当初赤渕川沿いにあったのを移築されたとのこと)

(桑崎善光寺の直ぐ上に立派な砂防ダムがあります)
途中で産廃最終処分場を経て千束川を渡り、さらに山道を上って行くと「馬頭観音」があります。


(この馬頭観音は険しい山道で倒れた馬達を供養するために建てられたらしく、当時は物流等で馬が重要な役割を担い、又大切にされていたことが伺えます。)
こんな感じの山道を更に上ります。

「黒坂の滝」の入口表示板、風雨に曝されてかなり傷んでいます。

漸く森の出口が見えて来ました。

県道24号線に出てここまで収穫ゼロ、このままでは戻り難く、更に勢子辻を目指します。

漸く国道469号線との分岐点表示が見えて来ました。もうひと踏ん張り。

国道469号線との分岐点に到着。しかしそれらしい道しるべは見当たりません。疲れがどっと出ました、

(右:県道24号線 左:国道469号線(昔の十里木道))
しかし、考えて見ると、この分岐点は比較的新しいもので、もう少し上に勢子辻地区があるのでそこまで行って見ることにしました。

(旧十里木道の分岐点がありましたが、現在は通行止になっています。)
何と、その右脇に公園みたいなところがあり、春耕道しるべの表示塔が見え、疲れが一気に吹き飛びました。しかも2基並んでいるようです。(写真中央付近)

①春耕道しるべNo16です。


(右よしわらみち(三り廿一丁) 左てえしゃば(三り廿五丁))
これはどこか別の場所にあったものを移設したような感じもします。
②春耕道しるべNo39です。


(右をうぶちみち 左よしわらみち)

(このようにNo16とNo39が2基並んで建っています)
No16は桑崎にあったNo15の続きで、No39は吉永第二小から今宮方面に上ったところにあったNo38の続きとなり、その間は何も無いと言う事かもしれません。
③今度は国道469号線の新分岐点を富士宮方面(→南富士CC1k)に曲がり300m程下った所にNo45がありました。これは自転車旅行をする人たちのブログにも度々書かれていて、大体の位置は把握していました。


(仁藤春耕道しるべNo45:富士宮方面を見て道路の左側にあります)

(左側面:右大みやみち 左大ぶちみち)

(右側面:左やまみち)

(正面:楷書で下記長文が刻まれています。)
「本道ハ本郡報徳講社ノ開修ニ係ル交通ノ便何ゾ言フヲ俟タンヤ 然ルニ来往ノ繁カラザル岐路ニ迷フ者ナキ能ハズ 因テ茲ニ路導石ヲ建ツト云」

(裏面:春耕さん氏名が彫られています)
「明治三十九年吉永村富士岡下花守 仁藤春耕」
この道しるべは今までのものとはちょっと違った「記念碑」のような感じがします。

(道しるべから県道24号線との分岐点方向を見ています)
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先ず桑崎まで真っ直ぐ行き、桑崎善光寺をお参りしました。
(桑崎善光寺の説明板で今年4月に設置されています)
(お寺と言うよりお堂で、当初赤渕川沿いにあったのを移築されたとのこと)
(桑崎善光寺の直ぐ上に立派な砂防ダムがあります)
途中で産廃最終処分場を経て千束川を渡り、さらに山道を上って行くと「馬頭観音」があります。
(この馬頭観音は険しい山道で倒れた馬達を供養するために建てられたらしく、当時は物流等で馬が重要な役割を担い、又大切にされていたことが伺えます。)
こんな感じの山道を更に上ります。
「黒坂の滝」の入口表示板、風雨に曝されてかなり傷んでいます。
漸く森の出口が見えて来ました。
県道24号線に出てここまで収穫ゼロ、このままでは戻り難く、更に勢子辻を目指します。
漸く国道469号線との分岐点表示が見えて来ました。もうひと踏ん張り。
国道469号線との分岐点に到着。しかしそれらしい道しるべは見当たりません。疲れがどっと出ました、
(右:県道24号線 左:国道469号線(昔の十里木道))
しかし、考えて見ると、この分岐点は比較的新しいもので、もう少し上に勢子辻地区があるのでそこまで行って見ることにしました。
(旧十里木道の分岐点がありましたが、現在は通行止になっています。)
何と、その右脇に公園みたいなところがあり、春耕道しるべの表示塔が見え、疲れが一気に吹き飛びました。しかも2基並んでいるようです。(写真中央付近)
①春耕道しるべNo16です。
(右よしわらみち(三り廿一丁) 左てえしゃば(三り廿五丁))
これはどこか別の場所にあったものを移設したような感じもします。
②春耕道しるべNo39です。
(右をうぶちみち 左よしわらみち)
(このようにNo16とNo39が2基並んで建っています)
No16は桑崎にあったNo15の続きで、No39は吉永第二小から今宮方面に上ったところにあったNo38の続きとなり、その間は何も無いと言う事かもしれません。
③今度は国道469号線の新分岐点を富士宮方面(→南富士CC1k)に曲がり300m程下った所にNo45がありました。これは自転車旅行をする人たちのブログにも度々書かれていて、大体の位置は把握していました。
(仁藤春耕道しるべNo45:富士宮方面を見て道路の左側にあります)
(左側面:右大みやみち 左大ぶちみち)
(右側面:左やまみち)
(正面:楷書で下記長文が刻まれています。)
「本道ハ本郡報徳講社ノ開修ニ係ル交通ノ便何ゾ言フヲ俟タンヤ 然ルニ来往ノ繁カラザル岐路ニ迷フ者ナキ能ハズ 因テ茲ニ路導石ヲ建ツト云」
(裏面:春耕さん氏名が彫られています)
「明治三十九年吉永村富士岡下花守 仁藤春耕」
この道しるべは今までのものとはちょっと違った「記念碑」のような感じがします。
(道しるべから県道24号線との分岐点方向を見ています)
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