2011年12月31日
こんな所にあった「春耕道しるべ(10)」
今日は大晦日、道しるべ探索などしていて良いのか、と思いつつも日課のウォーキングの延長と勝手に納得して歩き出した次第。今日の目標は見つけるのに手ごわそうです。
先ず、鵜無ケ淵を越えて石井橋を渡り、赤渕川沿いの陽光台住宅地内を上流方向に真っ直ぐ行くと行き止まりとなり、子供の遊び場(広場)があります。その脇に「陽光台地区集会所」があってその裏の一角にNo44がありました。これなどは富士市教育委員会さんにこの辺にあると教えてもらってなければ、到底探し当てられるものではないと思いました。聞くところによれば、「春耕道しるべ」の発見当初、川の中に(捨てられて?)あったり、土の中に埋められていたものもあったとのことで、このNo44も春耕さんが元々この場所に建てたとは思えないような場所にあります。

(春耕道しるべNo44)

「表面:右方向指差し いしゐみち」
「裏面:下花守 仁藤春耕」

(行き止まり 子供広場)

(こんな感じで建てられている 右側は集会所建屋)
割合早く見付かったので、昨日の続きで宗玄沢上のNo36を探索することにして、間門側から新東名沿いに上って行きました。昨日と同じ宗玄沢雨水調整池横のNo4を基点として、新東名を越えて300m以内のどこかわき道の方角にあるはずです。 続きを読む
先ず、鵜無ケ淵を越えて石井橋を渡り、赤渕川沿いの陽光台住宅地内を上流方向に真っ直ぐ行くと行き止まりとなり、子供の遊び場(広場)があります。その脇に「陽光台地区集会所」があってその裏の一角にNo44がありました。これなどは富士市教育委員会さんにこの辺にあると教えてもらってなければ、到底探し当てられるものではないと思いました。聞くところによれば、「春耕道しるべ」の発見当初、川の中に(捨てられて?)あったり、土の中に埋められていたものもあったとのことで、このNo44も春耕さんが元々この場所に建てたとは思えないような場所にあります。
(春耕道しるべNo44)
「表面:右方向指差し いしゐみち」
「裏面:下花守 仁藤春耕」
(行き止まり 子供広場)
(こんな感じで建てられている 右側は集会所建屋)
割合早く見付かったので、昨日の続きで宗玄沢上のNo36を探索することにして、間門側から新東名沿いに上って行きました。昨日と同じ宗玄沢雨水調整池横のNo4を基点として、新東名を越えて300m以内のどこかわき道の方角にあるはずです。 続きを読む
2011年12月31日
やっと見付かった宗玄沢「春耕道しるべ(9)」
無闇に歩きまわっても見付かりそうもないので、富士市教育委員会さんに問合せし、現在判明している凡そのあり場所を教えて頂いた。No4、35、36、44が富士市内に現存するらしく、地図上の場所が大体確認出来たので、先ず、No4,No36の探索に出掛けました。尚、No19~25は御殿場市にあるらしく、これは新年明けての楽しみとなりました。
道を間違えないよう、No3(富士岡橋)まで下って、そこを基点にして宗玄沢の上流茶畑の方角に上って行くと、約1.5km位で宗玄沢雨水調整池があり、その交差路にNo4がありました。No1~18でこのNo4だけ抜けていてやっと見付かり感激です。自分が予想していたよりもかなり上の方でした。

(宗玄沢雨水調整池の看板)

(堰堤と調整池がきれいに出来ており、公園のような感じ)

(念願の「春耕道しるべNo4」 後方に新東名が見える)

「右やまみち 左そうげんさわ」

(「道標番号表示塔」裏側:「富士市教育委員会」の表示)
次にNo36が新東名を越えた向こうにあるとのことで行って見ました。
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道を間違えないよう、No3(富士岡橋)まで下って、そこを基点にして宗玄沢の上流茶畑の方角に上って行くと、約1.5km位で宗玄沢雨水調整池があり、その交差路にNo4がありました。No1~18でこのNo4だけ抜けていてやっと見付かり感激です。自分が予想していたよりもかなり上の方でした。
(宗玄沢雨水調整池の看板)
(堰堤と調整池がきれいに出来ており、公園のような感じ)
(念願の「春耕道しるべNo4」 後方に新東名が見える)
「右やまみち 左そうげんさわ」
(「道標番号表示塔」裏側:「富士市教育委員会」の表示)
次にNo36が新東名を越えた向こうにあるとのことで行って見ました。
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