2011年10月27日
大震災と「鯰(なまず)絵」
本イーラパークの10月25日付「小野由美子さんブログ」や10月26日付「岳南朝日」に紹介されていますが、今、11月27日までの期間で富士市立博物館において「富士の災害史展」を開催しています(観覧無料:駐車場あり)。私も見学に行ってきました。展示物は興味深いものが多かったですが、中でも、江戸時代後期に出回ったと言う「鯰(なまず)絵」と言う錦絵が目を引きます。
鯰絵は安政江戸地震(1855:M6.9)の直後に出回った様ですが、その前年1854年には安政東海地震(M8.4)、その32時間後に安政南海地震(M8.4)と立て続けに大地震に見舞われ、発生メカニズムを知らなかった当時の人々は地下に巨大な鯰(なまず)がいて、時々大暴れすると言い伝えられていた様です。それを押さえ込むには「鹿島大明神」や「八百萬(やおよろず)の神々」の力を借りなければならず、それを錦絵で表現した庶民の願いと言う事です。
下の錦絵は「深川恵比寿」に仲介をしてもらい、羽織袴でかしこまり、居並ぶ八百萬の神々(鹿島大明神を先頭に、神田大明神、深川八幡宮、山王大権現など大きなお祭りや時代劇でお馴染みの神々が見えます)に「詫び状」を差し出してお詫びしている安政江戸地震鯰の図で、後ろに控えて平身低頭しているのは、やはりその近年で起きた「信州(善光寺)地震鯰」(1847年M7.4)、「越後(三条)地震鯰」(1828年M6.9)、「小田原地震鯰」(1853年M6.7)が書いてあります。これで地震が収まるように、風刺を込めて庶民は願ったのでしょう。

(詫び状に捺印する江戸地震鯰)
鯰絵は安政江戸地震(1855:M6.9)の直後に出回った様ですが、その前年1854年には安政東海地震(M8.4)、その32時間後に安政南海地震(M8.4)と立て続けに大地震に見舞われ、発生メカニズムを知らなかった当時の人々は地下に巨大な鯰(なまず)がいて、時々大暴れすると言い伝えられていた様です。それを押さえ込むには「鹿島大明神」や「八百萬(やおよろず)の神々」の力を借りなければならず、それを錦絵で表現した庶民の願いと言う事です。
下の錦絵は「深川恵比寿」に仲介をしてもらい、羽織袴でかしこまり、居並ぶ八百萬の神々(鹿島大明神を先頭に、神田大明神、深川八幡宮、山王大権現など大きなお祭りや時代劇でお馴染みの神々が見えます)に「詫び状」を差し出してお詫びしている安政江戸地震鯰の図で、後ろに控えて平身低頭しているのは、やはりその近年で起きた「信州(善光寺)地震鯰」(1847年M7.4)、「越後(三条)地震鯰」(1828年M6.9)、「小田原地震鯰」(1853年M6.7)が書いてあります。これで地震が収まるように、風刺を込めて庶民は願ったのでしょう。
(詫び状に捺印する江戸地震鯰)
その他、職員の皆さんが製作されたと言う富士市街の立体地形模型は大変参考になる力作だと思います。自分の住まいや勤め先が立体的にどの様な地形状況にあるのか、一目で判ります。興味のある方は是非一見をお勧めします。海抜等を考慮した模型になっており、富士市が17mの城壁のような防潮堤に囲まれていることも判りますが、田子の浦港と富士川の開口部がやはり気になります。最近設置が計画されている「津波タワー」も幾つか見えます。(青い四角柱)

(田子の浦港周辺立体地形模型)

(富士川河口周辺立体地形模型)

(田子の浦港東側立体地形模型)
私は今般「ふじのくに防災士」の講習を9日間にわたって受講しましたが、「鯰(なまず)絵」はテキストにも出てこない珍しい絵だと思いました。
(田子の浦港周辺立体地形模型)
(富士川河口周辺立体地形模型)
(田子の浦港東側立体地形模型)
私は今般「ふじのくに防災士」の講習を9日間にわたって受講しましたが、「鯰(なまず)絵」はテキストにも出てこない珍しい絵だと思いました。
Posted by 富士三合目 at 19:57│Comments(2)
│津波・地震避難訓練
この記事へのコメント
今晩はふじのくに防災士の講習会9日間
ごくろうさまでした。
富士市の市街地の立体模型は是非見に
行きたいと思います。
ごくろうさまでした。
富士市の市街地の立体模型は是非見に
行きたいと思います。
Posted by タケちゃん
at 2011年10月27日 21:28

タケちゃん さん
コメント有難うございます。
市立博物館の立体地形模型は良く出来ていると思います。
是非一度ご覧になって見て下さい。
コメント有難うございます。
市立博物館の立体地形模型は良く出来ていると思います。
是非一度ご覧になって見て下さい。
Posted by 富士三合目 at 2011年10月27日 22:00